1.胸膜炎とは

この記事を書いた人

いのまたクリニック 院長 猪又雅彦

日本内科学会 日本循環器学会
日本心臓病学会 日本睡眠学会

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胸膜炎は、肺の周りを覆っている「胸膜(きょうまく)」が炎症を起こし、肺の外側に水が溜まる病気です。溜まった水が肺を圧迫することにより、胸の痛みや息苦しさ、発熱、咳などの症状が現れるのが特徴です。

 

胸膜炎は、胸膜そのものに原因があって発症する場合もありますが、感染症や肺がんなどの合併症として発症するケースが多く、日本国内ではがんと結核によって発症するものが、胸膜炎全体の約60%を占めています。

 

発症原因に関わらず、胸膜炎を発症した場合には、医療機関で適切な治療を受ける必要があります。治療が遅れると、症状が進行し、呼吸困難を起こすケースもあるため、気になる症状がある時には、早期に医療機関を受診して検査を受けることをおすすめします。

 

「胸膜(きょうまく)」とは?

 

呼吸を司る器官である肺は、空気中の酸素を体内に取り入れ、不要な二酸化炭素を外に排出する重要な役割をしています。

 

肺は、心臓を挟んで左右両側にあり、その周りはそれぞれ「胸膜(きょうまく)」と呼ばれる薄くて透明な膜で包まれています。胸膜は、肺の表面を覆っている「臓側(ぞうそく)胸膜」と、胸壁(きょうへき)*1側を覆っている「壁側胸膜(へきそくきょうまく)」の二重構造になっており、取り込んだ空気を漏らすことなく、スムーズに呼吸ができる仕組みになっています。

*1胸壁……:肋骨や筋肉で覆われた胸の壁

 

臓側胸膜と壁側胸膜の間には「胸腔(きょうくう)」と呼ばれるスペースがあります。何らかの原因で肺の表面を覆う臓側胸膜に炎症が起こると、肺の中からは「胸水(きょうすい)」と言われる水分が胸腔内に浸み出し、溜まるようになります。

 

正常な状態でも、胸腔内には少量の胸水が存在し、肺と胸壁が擦れないよう、緩衝材のような働きをしているのですが、胸膜の炎症が起きると、増えた胸水で肺が圧迫され、十分に膨らむことができない状態になることから、息苦しさや胸の痛みなどが現れます。

 

 

2.胸膜炎の症状

 

胸膜炎のおもな症状は、息苦しさや胸の痛み、咳、発熱などです。
息苦しさは、溜まった胸水が肺を圧迫することによって生じるもので、肺が十分広がらなくなるため、小刻みに浅い呼吸を繰り返すようになります。

また、胸膜(特に外側にある壁側胸膜)には皮膚と同じように痛みを感じる「痛覚(つうかく)」があることから「胸膜炎痛」と言われる胸の痛みを生じ、発熱や咳、激しい動悸、背中の痛みなどを伴うこともあります。胸膜炎の痛みは個人差もありますが、「ピリピリした痛み」「刺すような強い痛み」などと表現されることが多く、深呼吸や咳をした時に強くなるのが特徴です。

さらに、胸膜炎は、発症原因となる病気に関連した症状を伴うことが多いのも特徴の一つです。
感染症による肺炎の合併症として起こるものは、高熱や関節痛、倦怠感などの症状を伴います。また、結核が原因の場合には慢性的な咳、体重減少、微熱などの症状を伴うことが多いため、それらの特徴から原因となった病気を推測することも可能です。

 

3.胸膜炎のおもな原因

 

胸膜炎の原因には、おもに以下のようなものがあります。

 

細菌感染症

細菌感染によって起こった肺炎が、胸膜に及ぶことで発症します。 細菌性胸膜炎の中で、胸水の中に細菌が増殖し、膿(うみ)のように混濁している状態を、「膿胸(のうきょう)」と言います。 膿胸の原因となる細菌は、「一般細菌」と「抗酸菌」の二種類があり、一般細菌の中で多く見られるのが「黄色ブドウ球菌」です。黄色ブドウ球菌は、もともと人の口の中にいる常在菌で、誤嚥(ごえん)などによって肺の中に入り込み、胸膜にまで達すると考えられています。 黄色ブドウ球菌は「嫌気性菌(けんきせいきん)」と言われ、空気を嫌う性質があるため、空気の流入がない胸腔内では増殖しやすいのが特徴です。

 

一方、抗酸菌で多いのが「結核菌」によるものです。結核は、空気中の結核菌を吸い込むことで感染し、免疫力が落ちている高齢者などに多く発症することが知られています。 結核菌による胸膜炎は、肺炎を発症した後、かなり遅れて発症することが多く、数か月かけてゆっくり進行していくため、はっきりした症状が分からず、慢性的な膿胸になる場合があります。

 

ウイルス感染症

ウイルス感染によって起こった肺炎が胸膜に及ぶことで発症します。発熱や強い胸の痛みを伴うのが特徴です。おもに「コクサッキーウイルス」などが原因で起こることが多いですが、季節性の「インフルエンザウイルス」などでも起こることがあります。

 

悪性腫瘍(がん)

がん細胞が転移し、胸膜にまで広がることで発症します。 強い息苦しさが特徴で、胸水が増えてくると、心臓も圧迫されて心不全を起こす場合もあります。 胸膜への転移を起こしやすいがんには、「肺がん」「乳がん」「悪性リンパ腫」などがあります。 また、胸膜に直接発生するがんである「悪性胸膜中皮腫(あくせいきょうまくちゅうひしゅ)」も胸膜炎による胸水を伴います。

 

膠原病(こうげんびょう)

膠原病とは、病原体などから体を守る「免疫」に異常が起こり、自分自身の身体を攻撃してしまう病気(免疫疾患)を総称したもので、「関節リウマチ」「全身性エリテマトーデス*2」など多くの病気があります。 膠原病を発症すると皮膚や関節、骨など体のさまざまな組織に変化が起こるのが特徴で、肺に影響が及ぶと胸膜炎を起こすことがあります。 *2 全身性エリテマトーデス……国の難病指定を受けている免疫疾患の一つで、発熱や関節炎、赤い発疹など、全身の臓器や皮膚、関節などにさまざまな症状が現れる病気。

 

その他

一部の抗菌薬や心血管系薬剤などの薬剤、または石綿(アスベスト)*3など、胸膜に刺激を与える物質が原因で、胸膜炎を発症するケースもあります。 *3 石綿(アスベスト)……石綿(いしわた、せきめん)は、1975年頃まで、壁の吹き付けなどによく使われていた建材です。吸い込むなどして体内に入ると、肺の中に蓄積され、数十年単位の潜伏期間を経て、悪性中皮腫や肺がんなどを発症することがあります。

 

4.胸膜炎の検査・診断

 

胸膜炎の診断には、以下のような検査を行います。  

 

聴診

聴診器で胸の音を確認します。
胸膜炎を起こしている場合、聴診器を当てると、胸膜が前後にこすれ合うような音(胸膜摩擦音)が聞こえることがあります。

 

血液検査

急性の炎症が起きているかを調べるため、血液中の白血球の増加や炎症反応の有無を調べます。また、胸膜炎の原因となる膠原病やがんの有無を調べる検査を行う場合もあります。

 

画像検査(レントゲン、エコー、CT)

胸腔内の胸水の有無を確認するため、画像検査を行います。
レントゲン検査では、胸水が溜まっている部分に白い陰影が映ります。
エコー(超音波)検査は、レントゲンでは映らないようなわずかな胸水を見つけることも可能です。
また、CT検査では、胸水の有無だけでなく、腫瘍などの原因となる病変を見つけることも可能です。

 

胸腔穿刺(きょうくうせんし)

レントゲンなどの画像検査で胸水が溜まっていることが確認できた場合、胸水を抜き取って調べる「胸腔穿刺(きょうくうせんし)」を行います。
胸腔穿刺は、エコーで胸水の位置を確認してから、胸に細い針を刺して胸水を採取し、細菌やがん細胞の有無、胸水の状態(色、濁り、臭い、白血球数、タンパクや糖の濃度など)を調べる検査です。

※上記のような検査を行ってもはっきりとした原因が判明しない場合、「胸腔鏡」と言われる内視鏡で胸の内部を直接調べる検査や、胸膜の組織の一部を採取する「生検(生体組織診断)」を行う場合もあります。胸腔穿刺やCTのほか、生検、内視鏡検査などが必要になる場合は、速やかに提携の病院をご紹介します。

 

5.胸膜炎の治療

胸膜炎の治療は、「原因となっている病気の治療(原因療法)」と、「胸水が溜まらないようにする治療(対症療法)」に分けられます。 原因療法は、病気の種類によって治療内容が異なりますが、対症療法は、原因に関係なく、溜まった胸水で起こる息苦しさや胸の痛みを和らげるために行う治療です。 ただし、原因となっている病気が治らない限り、根本的な治癒とはならないため、それぞれの病気に即した治療を優先的に行います。

 

原因療法:発症の原因となった病気の治療

  • 細菌感染→原因となる細菌に有効な抗生剤の内服や点滴
  • ウイルス感染→消炎、鎮痛、解熱などの効果がある薬剤の投与
  • ※インフルエンザを除き、有効な抗ウイルス剤はなし

  • 結核→抗結核剤の投与※治療が長期に及ぶケースあり
  • がん(悪性腫瘍)→抗がん剤、放射線、免疫療法など
  • 膠原病→ステロイド剤の投与など

 

対症療法:胸水が溜まらないようにする治療

  • 胸腔穿刺排液……胸の皮膚に細い針を刺して溜まった胸水を抜く処置
  • 胸腔ドレナージ……皮膚を小さく切開し、胸腔内の胸水が溜まっている部分に「胸腔ドレーン」という管(チューブ)を通して持続的に胸水を抜けるようにする処置

 

胸腔ドレナージを行う際、胸膜同士がくっついて胸水がうまく抜けない場合には、管に薬を入れて癒着をはがし、排出を助ける「線維素溶解療法(せんいそようかいりょうほう)」を行います。それでも十分な効果が得られない時や、膿胸を起こしている場合には、胸腔鏡を使用した手術を検討します。

 

また、がん性胸膜炎の場合、胸水が繰り返し溜まることがあるため、管から薬を注入して二枚の胸膜をくっつけ、胸腔を人工的に閉じてしまう「胸膜癒着術(きょうまくゆちゃくじゅつ)」を行うこともあります。

 

6.よくある質問

 

1)胸膜炎になりやすいのはどんな人ですか?

 

感染症による胸膜炎の場合、免疫力の低下が発症に大きくかかわります。 そのため、高齢の方、糖尿病もしくは心臓や肺などに慢性疾患がある方、免疫力が落ちる疾患(がん、HIV感染など)を患っている方、そして免疫を抑える薬を飲んでいる方などは注意が必要です。
また、日常的に大量飲酒や喫煙の習慣がある場合にも発症のリスクが高まります。

一方、感染症以外で起こる胸膜炎の場合、肺がん(特に喫煙者)や膠原病など、発症の引き金となる病気をお持ちの方はリスクが高まります。そのため、適切な治療を行うとともに、体調を崩さないよう、日頃から病気のコントロールをすることが重要になります。

 

2)胸膜炎で受診する目安を教えてください。

 

最初から胸膜炎に気付くことは難しく、患者さまの多くは、胸痛や呼吸苦などの症状を訴え、何らかの心臓の異常(病気)を疑い、当院を受診されます。
当院では、問診やレントゲンなどの必要な検査を行って原因を探り、関連のある心疾患を絞り込んでいって最終的に胸膜炎の診断を行います。

 

3)胸膜炎になってしまったら必ず治療が必要ですか?入院治療が必要ですか?

 

胸膜炎には、細菌感染や結核性のもの、膠原病や薬剤によるもの、悪性疾患(肺がんなど)で起こるものなどがありますが、胸膜炎を起こした場合には、原因に関わらず医療機関で適切な治療を受ける必要があります。胸膜炎の治療は、基本的に入院して行うことになりますので、当院で入院が必要と診断した場合には、速やかに連携医療機関への紹介を行います。

 

4)胸膜炎は人に感染することがありますか?

 

胸膜炎の原因が、肺炎マイコプラズマ*4や結核、インフルエンザといった感染症の場合、その感染症が他の人にうつり、合併症として胸膜炎を起こす可能性があります。
周囲の人への感染を防ぐためにも、必ず咳エチケットを守るなど、十分な対策を行うようにしましょう。
*4 肺炎マイコプラズマ……肺炎を引き起こす微生物で、ウイルスと細菌の間のような大きさと性質を持つが、生物学的には細菌に分類されます。

 

7.院長からひと言

 

胸膜炎にはさまざまな原因があるので、原因の特定を行い、それに応じて治療を行うことが重要となります。
当院では胸部レントゲン写真の撮影が可能です。また、程度によっては連携医療機関に治療・精密検査を依頼させていただきます。
胸膜炎は息切れなどの症状で受診した際に見つかることが多いので、何か普段と違うように感じるときには受診するようにしてください。